看護部ブログ
2018年12月
  • 人生の計

    今年7月に母から電話が掛かってきた。父が胃潰瘍の出血で緊急入院したというのだ。父は腎不全で週3回の透析を受けている。腰部脊柱管狭窄症もあり、痛み止めを飲み続けていた。そのせいで胃潰瘍になったのだろう。翌日母を連れて病室に行ったが、透析中で不在だった。戻ってきたら何て声かけようかな?

     

    「調子が悪いじゃなくて、胃が痛かったんじゃないの?もう!!自分のことなんだからしっかりしてよ!!」と言おうかなぁ・・・

     

    しかし、透析が終わりストレッチャーで戻ってきた父は、意識レベルが悪くなっており、様子がおかしいことは、母にも理解できるほどだった。

    医師から、「透析中に意識レベルが低下した。検査の結果、脳幹梗塞の可能性が高い。治療をすぐに開始したい」と言われた。

    ペースメーカーが入っている父はMRIによる確定診断ができない。

    治療の選択は3つ。しかし、使用できる薬剤は限られていた。1つ目は胃潰瘍の出血を再発させる可能性が高く使用できない。2つ目は腎代謝の薬剤で腎不全の父には使用できない。3つ目の薬剤は効果としてはかなり確率が低い。

    確率は低くても、3つ目の薬剤を使用するしかない。色々話を聞いたあと、

    「助かる見込みは少ない。もし心臓や呼吸が止まったら心臓マッサージや人工呼吸器をつけますか?」と医師は尋ねる。

    私は医療現場で看護師として、このような説明を受ける家族を何度も見てきた。おそらくその話は出るだろうと予測はしていたが、初めて自分が経験することになったのだ。医療の限界から、実際は仕方ないと頭では分かっていても、命の決定を委ねられた者の気持ちはきっと誰にもわからない。家族はこんなにも複雑な気持ちでいるのだと、教科書や臨床の経験からだけでは得られない学びを受けた。

    それと共に、元気な時に父の気持ちを聞いておけば良かったと後悔した。

    結局、今できる治療を行い、それ以上の治療は望まないことを伝えた。

    その後父はSCU(脳卒中ケアユニット)へ移動になった。

     

    実家から自宅へ帰る高速道路の10分間、小さい頃からの父との思い出が次から次へと思い出される。

     

    「もっと優しい言葉を掛けてあげれば良かった」「旅行に連れて行きたかった」

     

    涙が溢れ、高速道路に乗ったことを後悔した。夜は電話が鳴っているのではないかと、何度も目が覚めたが、そのまま朝を迎え仕事へ行った。

    昼には仕事を終え母に電話をすると、

    「電話あったよ。でもまあとにかくこっちに来てよ」

    と何だか含みのある感じで言うのだ。実家に着くと母は笑いながら私に

     

    「今朝8時前に電話が鳴ったの。ああ、だめだったか・・・と思って電話に出たら、「俺、俺だ」ってしゃがれた声の男の人で。こんな時に「オレオレ詐欺?!」と思って電話切ろうとしたら、お父さんだったのさ。銀行の通帳持って来てってさ。」と言うのです。

     

    こんな時にオレオレ詐欺に引っかかってどうするのよ!!あんな状態で電話できるわけないじゃない!!と情けなくて怒りが湧き上がる。母もおかしくなっている・・・。

     

    とにかく病院へ向かった。SCUのドアが開き、私が最初に目にしたのは、笑いながら車椅子に座って手を振っている父の姿だった。たった一夜にして、なんと復活していたのだ。

    確率は低いと言われた薬剤が効き、夜中の1時に意識が戻った。そこから父は老人会への連絡や、家から持ってきてほしいものを伝えたくて、母に電話をしたのだ。最初父は看護師に電話をしたいと申し出た。もちろん安静が必要なため、許可が出なかった。しかし、しつこい父は何度も看護師にお願いした。担当の看護師は最後に笑いながら「3分だけですよ」とドアを閉めてくれたとのこと。

     

    現在父は車を運転し、透析に通うほど元気になった。しかしいつまでも元気な人はいない。元気な時に、これからの人生をどう生きるか、自分の終末期をどう過ごしたいのか、家族と話し合っておくのはとても大事なことだ。

     

    これからクリスマス、年末年始と家族が集まる良い機会。

    「1年の計は元旦にあり」と言うが、この機会に今考え得る人生の計を元旦にして、

    家族で話し合っておくのも良いのではないでしょうか。

     

    来年も健康に楽しく過ごせるよう願っております。

     

    副看護部長・手術室師長兼任 竹島裕美

  • 最近の私のニュース

    血液浄化センターの藩守です。
    最近のニュース・・・というより、今年もあと半月平成最後の年末を迎えますので、今年のニュースということで一言。

    昨年11月からの3か月間静内への応援があり、今年春に予定していた引っ越しを繰り上げて急遽行いました。

    前の住まいは約10年住んでいたので物が多く、本の多さに驚くやら呆れるやらで、頑張りすぎたせいで久々の腰痛発症もあり、応援先のスタッフの方にも迷惑を掛けてしまい・・・・・・

    断捨離は日頃の積み重ねと痛感しました。
    年末も応援の為新居でとはならかったので、今年はやっと新居で年末年始を迎えることができます。
    大掃除もなかなか進みませんが、新年を迎えるにあたり(新年号はどんな感じでしょうかね?)少しでも気持ちよく迎えられるように頑張ろうと思います。

    野望ですが平成最後なので、元旦に弾丸ツアーで一般参賀に行きたいな~と考えてます。

    どんなに混むかちょっと恐ろしいのと、お天気も心配しながらの年末です。
    皆様も良いお年を。

     

    血液浄化センター 副主任 藩守 由香里

     

  • 成長

    成長

     

    皆さん、こんにちは。
    私は集中治療室に勤務している、押見です。
    2015年に神奈川県のグループ病院から、当院へ転勤してきました。
    元々は新潟の人間なのですが、北海道での生活に憧れ、家族で移住してきました。

    徳洲会の理念に染まった私は、北海道へ来るときも迷わずグループ内で転勤!!…まぁその話は置いておきます。

    北海道生活ですが、もうすぐ丸4年の月日が経ちます。
    最初は聞き返していた北海道弁ですが、最近は聞き返すことはほとんどなくなりました。

    思い返せば…
    ・「〇〇が邪魔だったので、投げました」→…投げっ…キレちゃったの?
    ・「おはようございました」→……終わっちゃった。
    ・「遅くまで仕事かい?ゆるくないね」→…お腹を心配して頂いてありがとうございます。
    ・「こわい」→大丈夫ですか?何か見えますか?(真剣)
    ・「押見さん、つっぺしましょう」→…んーと…ごめんなさい。(響き的に)
    下手に聞き返すと、北海道弁を馬鹿にしていると言われてしまうため、どれも真剣に考えていました。決して馬鹿にしているわけではありません。
    最近では、ついに「~さる」「~らさる」「~(ら)さらない」も理解できました。

    まだまだ北海道弁を使いこなせてはいません。
    私が「大丈夫かい?」の一言を使うと、どうやらドヤ顔(押見、北海道弁を使ってみました感)がでるらしいです。

    比べて娘は…
    「パパ、これ投げておいて」「パパ、ゴミステーションにボッコが4本立ったね」
    …娘よ、立派な道民になったな…

    私は北海道が大好きです。
    早く一人前の道民になるため、なまら頑張っていこうと思います。