看護部ブログ
2018年12月19日
  • 人生の計

    今年7月に母から電話が掛かってきた。父が胃潰瘍の出血で緊急入院したというのだ。父は腎不全で週3回の透析を受けている。腰部脊柱管狭窄症もあり、痛み止めを飲み続けていた。そのせいで胃潰瘍になったのだろう。翌日母を連れて病室に行ったが、透析中で不在だった。戻ってきたら何て声かけようかな?

     

    「調子が悪いじゃなくて、胃が痛かったんじゃないの?もう!!自分のことなんだからしっかりしてよ!!」と言おうかなぁ・・・

     

    しかし、透析が終わりストレッチャーで戻ってきた父は、意識レベルが悪くなっており、様子がおかしいことは、母にも理解できるほどだった。

    医師から、「透析中に意識レベルが低下した。検査の結果、脳幹梗塞の可能性が高い。治療をすぐに開始したい」と言われた。

    ペースメーカーが入っている父はMRIによる確定診断ができない。

    治療の選択は3つ。しかし、使用できる薬剤は限られていた。1つ目は胃潰瘍の出血を再発させる可能性が高く使用できない。2つ目は腎代謝の薬剤で腎不全の父には使用できない。3つ目の薬剤は効果としてはかなり確率が低い。

    確率は低くても、3つ目の薬剤を使用するしかない。色々話を聞いたあと、

    「助かる見込みは少ない。もし心臓や呼吸が止まったら心臓マッサージや人工呼吸器をつけますか?」と医師は尋ねる。

    私は医療現場で看護師として、このような説明を受ける家族を何度も見てきた。おそらくその話は出るだろうと予測はしていたが、初めて自分が経験することになったのだ。医療の限界から、実際は仕方ないと頭では分かっていても、命の決定を委ねられた者の気持ちはきっと誰にもわからない。家族はこんなにも複雑な気持ちでいるのだと、教科書や臨床の経験からだけでは得られない学びを受けた。

    それと共に、元気な時に父の気持ちを聞いておけば良かったと後悔した。

    結局、今できる治療を行い、それ以上の治療は望まないことを伝えた。

    その後父はSCU(脳卒中ケアユニット)へ移動になった。

     

    実家から自宅へ帰る高速道路の10分間、小さい頃からの父との思い出が次から次へと思い出される。

     

    「もっと優しい言葉を掛けてあげれば良かった」「旅行に連れて行きたかった」

     

    涙が溢れ、高速道路に乗ったことを後悔した。夜は電話が鳴っているのではないかと、何度も目が覚めたが、そのまま朝を迎え仕事へ行った。

    昼には仕事を終え母に電話をすると、

    「電話あったよ。でもまあとにかくこっちに来てよ」

    と何だか含みのある感じで言うのだ。実家に着くと母は笑いながら私に

     

    「今朝8時前に電話が鳴ったの。ああ、だめだったか・・・と思って電話に出たら、「俺、俺だ」ってしゃがれた声の男の人で。こんな時に「オレオレ詐欺?!」と思って電話切ろうとしたら、お父さんだったのさ。銀行の通帳持って来てってさ。」と言うのです。

     

    こんな時にオレオレ詐欺に引っかかってどうするのよ!!あんな状態で電話できるわけないじゃない!!と情けなくて怒りが湧き上がる。母もおかしくなっている・・・。

     

    とにかく病院へ向かった。SCUのドアが開き、私が最初に目にしたのは、笑いながら車椅子に座って手を振っている父の姿だった。たった一夜にして、なんと復活していたのだ。

    確率は低いと言われた薬剤が効き、夜中の1時に意識が戻った。そこから父は老人会への連絡や、家から持ってきてほしいものを伝えたくて、母に電話をしたのだ。最初父は看護師に電話をしたいと申し出た。もちろん安静が必要なため、許可が出なかった。しかし、しつこい父は何度も看護師にお願いした。担当の看護師は最後に笑いながら「3分だけですよ」とドアを閉めてくれたとのこと。

     

    現在父は車を運転し、透析に通うほど元気になった。しかしいつまでも元気な人はいない。元気な時に、これからの人生をどう生きるか、自分の終末期をどう過ごしたいのか、家族と話し合っておくのはとても大事なことだ。

     

    これからクリスマス、年末年始と家族が集まる良い機会。

    「1年の計は元旦にあり」と言うが、この機会に今考え得る人生の計を元旦にして、

    家族で話し合っておくのも良いのではないでしょうか。

     

    来年も健康に楽しく過ごせるよう願っております。

     

    副看護部長・手術室師長兼任 竹島裕美