看護部ブログ
看護部リレーエッセー
  • vol.24  手術室 主任 植木 由香

    ある休日の 私の ~は・な・し~

    数年前に一度お会いしましたね。その時も、我が家の愛犬についてちょっとお話をさせて頂きました。

    今回は、その愛犬に加わって、旦那も含めた小話を…。

    私たち夫婦は、共に医療職のためなかなか休みが合わない。

    しかし、だからと言って休みを合わせようとあまりしない。(笑)

    そう、休みが合うかも「運試し」。おみくじを引くかのように楽しんでいるのだ。

    休みが一緒の時の私…

    「○○ちゃん(愛犬)、今日は天気がいいね。」

    「なになに、ドライブ(お散歩)に行きたいって?」

    その瞬間、犬は目をキラキラさせて尻尾を振って喜んでいる。(お出かけが大好きなのだ!!)

    「じゃー、お願いしておいで。」

    そういうと、ちゃんとわかっているのだ。旦那のところへ行き、上目づかいでアピール。

    そう、旦那は愛犬には弱い。

    そうして私たち夫婦は出かける準備をするのだ。

    [私は、愛犬を理由に出かける口実作り](カワ(・∀・)イイ!!)

    ~~さてさて、どこに行く?~~

    “景色などの写真撮影スポット”“おいしい食べ物” が決めるポイント!!

    旦那はカメラが好き★ フォトマスター検定とやらを…。

    ~ちょっと一部を紹介~

     

    私は…。

    やっぱり食べること。

    こんな風に、家族との時間を作り、各自の趣味を楽しんでいる。※今は、自粛中。(( ノД`)シクシク…

    しかし、ここでへこたれないのが「この私」

    ①ネットで「お取り寄せ」

    チーズケーキやレアチーズケーキ、エクレア、芋ケンピ、餃子にスープ等‥。

    ②YouTubeやNetflixなどで動画鑑賞

    お取り寄せのものを食べながら…。

    そう、私はミーハーなのだ。時代や環境に合わせて色々と… 。

    仕事”と“趣味” を 自分なりに ~“楽しんでいる”~

    最後まで、読んでいただきありがとうございます。私の小話におつきあいして頂きありがとうございます。

    また数年後、お会いできる日を…。

    文責:手術室 主任 植木 由香 (写真提供:植木 由香&旦那)

  • vol.23  ICU 副主任 寺倉 佳苗

    「一息つきながら」

    私は、北海道の端にある、ど田舎で育った。20歳で田舎からの脱出を図り、当院のICUに就職した。早いもので、今年で看護師16年目になる。

    ICUは重症な患者様が多く、日々緊張と学ぶことの連続である。悩むこともあるが、いつも明るくて、経験豊かな仲間に支えられ、前向きに仕事することができている。

    二児の母となり、看護師としても色々なことに挑戦させてもらい、慌ただしいが、充実した日々を送ることができている。

    とはいえ、毎日慌ただしく過ごしていると、たまには、ぼーっと、一息つきたくなる。

    そんな時は、生まれ育った田舎を思い出す。海の匂い、波の音、海に沈む夕日。

    村の住民と化している、車を大破させるほどの実力をお持ちの、鹿軍団御一行様。

     

    そして、物心ついたころから一緒にいた、幼馴染達のこと。会えば、昔話を掘り起こし、くだらないことで笑い。困っている時は、スーパーマンのように助けてくれる。

    「わや」「べろ」が口癖で、(「べろ」は方言で「とても」という意味です)少し…いや、かなり口は悪いが、飾らず、涙もろく、人間味に溢れている幼馴染。

    今はなかなか会う事はできないがそんな存在がいることが、私の活力源の一つとなっている。

    先日、幼馴染の娘から「大きくなったら、看護師になって、一緒の病院で働く!」と宣言された。小さい頃から、看護師の楽しさを、こんこんと聞かせていた影響かもしれない。

    感慨深く思うと同時に、身の引き締まる思いがした。

    一緒に働けるまで、あと10年もあるのか…と思いつつその日が来るのを楽しみに、たまには、一息つきながら自分も看護師として、より一層成長できるように、精進していきます。

    文責: ICU 副主任 寺倉佳苗

  • vol.22  内視鏡検査室 主任 齋藤 香織

    【withコロナ~我が家の息子たち~】

    コロナ禍による緊急事態宣言も明け、皆様少しずつ元の生活の戻りつつある様子でしょうか。長い長い闇から少しずつ抜け出しつつも、まだまだ不安な気配を感じながらの生活が続きそうですね。

    そんな中、我が家の中学1年生と3年生の息子達も、活動の範囲が広がってきており、のびのびと学校生活を満喫しています。

    受験生の長男においては、緊急事態宣言も明けた先日、高校見学、部活動体験に参加させて頂きました。高校の雰囲気を思う存分に味わうことができ、「野球の強豪高に入学して、甲子園を目指したい」という目標に向かって歩き出せる喜びに充ち溢れて帰ってきました。

    コロナ禍における約2年間、思うように学校行事や部活動ができず中止になったり、仲間とおもいっきり喜びあったりできず苦しい経験をしてきた分、やりたいことができる環境に感謝し、目標に向かって頑張ってほしいなと思います。

    次男に関しては、所属しているラグビースクールの活動が再開し、先日、今シーズン初めての大会に出場させて頂きました。選手達みんなが、生き生きと楽しそうにプレーしている姿を見ていると、このまま感染が拡大しないことを願わずにはいられませんでした。何も気にせずにお友達と笑い合い、喜び合えるような以前の生活が1日でも早く戻るといいなと思います。

    皆様も多くの制限が溶け、行動の範囲が広がってきていると思いますので、引き続き感染管理、体調管理に十分気を付けて生活して頂けたらと思います。

    私自身も、引き続き感染対策に気を付けながら、医療従事者としてできる限りのことをしていこうと思います。

    文責:内視鏡検査室 主任 齋藤 香織

  • vol.21 ICU 副主任 角野 友香理

    特定看護師のやりがい

    みなさま、こんにちは!いつもは研修センターをご紹介している私ですが、今日は私の特定看護師としての活動の一部をご紹介します。

    私は3年前の2018年4月から当院で特定看護師として活動を開始しています。当時は1人から始まった活動も、多くの方々のご支援・ご協力により、今や8名と増えており、ICU・ER・一般病棟にそれぞれ修了区分の特色を生かし配置されています。修了した区分の相違に関わらず、お互いに連携することで患者様によりタイムリーで継続的な関りができるようになっていると感じています。

    そんな中、私の、「特定看護師やっていて良かった!シーン3」をご紹介します。

    その1

    【Aライン(動脈ライン)がスムーズに入り、迅速なモニタリング・検査ができたとき】

    動脈に針を入れるというのは、患者様にとって、痛みを伴い不慣れでとても不安な処置です。最小限の痛みで、時間もかからずに挿入できたときは、「具合が悪い中、頑張って頂きありがとうございます。」と、感謝の気持ちと共に、私もとてもホッとします。

    その2

    【人工呼吸器の設定を最適にできたとき】【患者様が人工呼吸器から離脱できたとき】

    人工呼吸器の設定は細かく、患者様個々に違います。その微調整が適切にでき、患者様が安楽な呼吸になった時は、嬉しさでいっぱいになります。また、人工呼吸器を装着すると、患者様は声を出すことが出来なくなります。患者様としてお会いする最初から声が聞けない方もおり、「どんなお声の持ち主なのだろう?」「どんなお話がお好きかな?」といつも思います。日々、人工呼吸器離脱の取り組みを医師や特定看護師・ICU看護師と共に行う中、人工呼吸器から離脱できたその時はもちろん、お声が初めて聞けた時、更にはお話ができたと時は、この上ない喜びです。

    その3

    【スピーチカニューレの導入が成功したとき】

    言語的コミュニケーションの喪失はQOL低下だけではなく、治療への意欲や家族との関りも希薄にしかねません。気管切開した患者様の発声や嚥下機能を取り戻すために、医師や病棟看護師・ST・MSWと相談します。その調整により、もう声は出せないと他院で言われていた方の発声に成功したことがあり、患者様とそのご家族からの「ありがとう。」の声と笑顔は、一生の宝物です。

    番外編

    【病棟や外来看護師から呼ばれたとき】

    ICUに所属している私は、ICUのスタッフに支えられ研修修了しました。ICUスタッフへの感謝の気持ちは尽きません。また、活動していく中で徐々に知って頂き、「角野さん、相談が…」と他の部署の看護師からPHSを鳴らしてもらうことも増えました。頼られるということは責任が伴い緊張しますが、とても嬉しいことなのだなぁ、活かされているのだなぁ、と日々実感しています。

    いかがでしたか?ご紹介したいシーンはまだまだ沢山ありますが、今日はこの辺で。研修センターや特定行為についてのお問い合わせ、随時受け付けております。

    mail:sma_nurse@satutoku.jp

    文責 ICU看護副主任 角野友香理

  • vol.20  救急センター 副主任 村上 奈美

    「趣味」

    こんにちは。救急センター村上と申します。本日は、「私の趣味」について書きたいと思います。

    私は小学生のころ、音威子府村というところで育ちました。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、北海道で一番人口が少なく、私の住んでいた頃は1900人いましたが、現在は700人まで減少しています。自然豊かで山や川に囲まれている村は、蛇によく遭遇し、熊の出没もありましたが、大自然の中で釣りにはまり込んでしまいました。浅い川で三角コーナーの水切りビニールで小魚を採取したり、木を拾い、糸と針をつけ、その辺の土を掘ってミミズをつけ川魚をゲットしていました。

    20代になってからは、本格的に道具を揃え、川釣りをはじめ、支笏湖やそこら中の川で釣りました。オーストラリアでバックパッカーをしていた時も、釣り竿を持参し現地で先住民アボリジニである「ピーター」と言う釣友(つりとも)ができ、釣りが楽しすぎてケアンズの滞在期間が延長した想い出もあります。 

    その後、子育てに明け暮れ…釣りとは疎遠になっていました。(子供が川に落ちたら大変ですからね!)

    子供にそろそろ手のかからなくなってきた3年前…友人と鮭釣りに漁船に乗りました。ウトロから出港し鮭釣りポイントで100m下の海底から電動リールで釣り上げる!引っかかったときの引きは最高の感触!水面に浮かんでくる鮭は銀ピカの約6キロの重さ。たまらない感覚!これを機に、また釣りにはまりだし、年に一度の鮭漁船に乗るのは私の生き甲斐にもなっております。最近では、自分で仕掛け作りもするようになり、自分の作った仕掛けでヒットすると、さらにまた最高の気分になります。コロナ渦では、自粛してきた釣りも今後はたくさん楽しみたいと思っております。釣りおじさんはよくいますが、私は釣りおばさんを目指し、老後はキャンピングカーに乗って釣り三昧の日々を過ごすのが夢です。

    文責:救急センター 看護副主任 村上 奈美

  • vol.19  救急センター 副主任 竹之内 絵美

    「365日24時間オープン」

    私は今年で看護師12年目になります。同時に徳洲会病院で働くのも12年目になりました。今回はなぜ私が徳洲会病院へ就職したのかをお話ししたいと思います。

    私は幼少期を人口約4000人が住む島で育ちました。漁業や農業が盛んなため、新鮮で美味しい食材に、夜には降るような星空、昼には青い海と輝く砂浜が広がり、豊かで穏やかな生活に恵まれていたと思います。

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    しかし一方で、島の人口は年々減少し、過疎化がすすみ医師不足による医療の崩壊は深刻な問題でした。

    私には弟がいます。弟は小児喘息があり、よく発作を起こしていたため何度も病院受診に付き添った覚えがあります。特に夜中に発作がひどくなった際は、近くの病院に駆け込み、母が受診させてほしいと頭を下げ、どうにか受診させてもらった覚えがあります。私は、弟が受診できなかったらという不安で怖かった想いを今でも鮮明に覚えています。

    小さい頃から看護師への憧れがあり、これらの経験から看護師になりたいと強く思うようになり、看護師になりました。

    看護師になり、就職先を探していた際、徳洲会病院は「365日オープン、24時間営業」「断らない医療」を目指していることを知り、その理念に私も強く共感し、同じ思いをする人を少しでも減らしたいと考え就職を決めました。

    就職後は、病棟を経験した上で救急センターに配属されました。

    現在救急センターに配属され、10年になりますが、救急センターで24時間患者を断らずに患者を受け続けることには、辛いことや悩む場面も多くありました。

    その中でも同じ気持ちで、患者と向き合っている仲間(スタッフ)の存在と患者家族からの「助かりました」「ありがとうございました」の言葉に何度も救われ、今まで続けることができました。

    地域の人々が「ほっとする」「優しい気持ちになれる」そんな関わりのある救急センターでありたい。その思いは当救急センターの目標であり、日々業務に当たっています。

    ドクターヘリとは? 】福島県ドクターヘリ冷蔵庫の中に立っている女性

低い精度で自動的に生成された説明

    白い壁の前に立つ子供たち

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    スタッフ全員の日々の頑張りが、救急の安全な医療の提供と救急看護につながると考え、日々努力していきたいと思います。今後も当院の看護部の理念にある「心に届く看護」を365日24時間救急センタースタッフ一同で届けていきます。

    文責:救急センター 副主任 竹之内 絵美

  • vol.18  3階東病棟 副主任 吉本 真理耶

    先日も紹介させていただきましたが、3階東病棟は産婦人科主体の混合病棟です。

    コロナ禍で様々な制限がある中、少しでも安心して出産・育児ができるよう、日々悩みながらスタッフ一同頑張っています。

    今回は4月に入職した新人助産師の取り組みについて紹介します。

    出産は一生に一度のかけがえのない瞬間ですが、お母さん、赤ちゃんにとって人生で最も命がけの瞬間でもあります。特に、赤ちゃんがうまく肺呼吸に移行できるかどうかは、助産師にとって毎回緊張する場面です。

    緊急事態宣言が明けて、当院でも新生児蘇生の勉強会を再開しました。

    ベビー人形を使って実際の出産シーンを想定しながら、新人助産師も赤ちゃんの救命の練習をしています。

    いつか巡り合うかもしれない小さな命を守ることができるよう、これからもスタッフ一同頑張りたいと思います。

    文責:産婦人科 3階東病棟 副主任 吉本 真理耶 

  • vol.17  札幌徳洲会訪問看護ステーション 副主任 髙橋 麿璃絵

    「札幌徳洲会訪問看護ステーション」

     

    こんにちは。札幌徳洲会訪問看護ステーション 副主任の髙橋磨璃絵と申します。

     

    訪問看護ステーションは3年前に設立されました。当初は看護師3人しかおらず、利用者はなんと1人だけでした!

    それから3年を経て、現在は看護師4名、理学療法士8名。利用者は70名。以前とくらべるととても大きなステーションになりました。

     

    訪問看護は、赤ちゃんからお年寄りまで誰でも利用できる制度です。

    サポートがあればもっと長く自宅で過ごせる方だったり、自宅で治療のお手伝いをしたり、お風呂のお手伝いをしたり、業務内容は多岐にわたります。

     

    利用者さんからは、「車運転して、一人できて、たいへんでしょう?」と労っていただくことが多いのですが、

    私は訪問看護が天職だったのだと思えるほど、毎日利用者さんに会えるのが楽しみで仕方ないのです!

    気づけば、家でも、『あの方は、どのようにしたらもっと快適に過ごせるかな…?』 と考えています。

    このように思え、成長できたのは、利用者さんやご家族のおかげだと思っています。

     

    ただひとつ・・・私は猫アレルギーなので、猫のいる家はくしゃみをしながら、

    鼻水たれながらの訪問になるので、たまに、つらいな~と思います。

    …猫が好きで、なでてしまうから、それがいけないのだといつも反省しています。

     

    これからも、住み慣れた自宅で、ながく過ごしたいという思いを大切に看護をしていきたいと思います。

    訪問看護についてのご相談はいつでも徳洲会にお電話ください。

    文責:札幌徳洲会訪問看護ステーション 副主任 髙橋 麿璃絵

     

  • vol.16  4階東病棟 主任 高橋 貴実

    「私が看護師を続けている理由」

    10月後半に入りすっかり寒くなりましたね。秋を静かに感じる間もなく、一気に冬が到来する時期です。みなさま、お体労わっていますか?

    私はこの札幌徳洲会病院に勤めて22年目となり、今まで3回の異動を経て、現在の部署に10カ月在籍しています。とても頼りになる仲間たちと力を合わせて看護に取り組んでいます。様々な診療科を経験し尊敬できる上司や先輩、お互いを高め合える同僚たち、かわいい後輩にも恵まれました。そんな中で出会った、ある尊敬する先生とのことをお話します。

    その先生とは、私が新人で入職した年に出会い、何年も一緒に働きました。そして私が別の部署に異動したあと、再会したのは病室。先生が患者さんとしてでした。先生は長い闘病の中でもつらい顔を見せず、いつも前向きでした。

    闘病も4年に差しかかった頃、私は病室に呼ばれ1冊の本を戴きました。それは「置かれた場所で咲きなさい」という本でした。その中の一節をご紹介します。

    『時間の使い方は、そのままいのちの使い方です。自らが咲く努力を忘れてはなりません。雨の日、風の日、どうしても咲けないときは根を下へ下へと伸ばしましょう。次に咲く花が大きく、美しいものとなるように。置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです。』

    先生、この言葉のおかげでここまで頑張って来られました。

    一人ではできなかったことも、周囲の人たちから力をもらい前に進むことができました。

    これからも患者さんのため、スタッフのために、丁寧なケア、心に届く看護を目指していきます。

    文責: 4階東病棟 主任 高橋 貴実

  • vol.15  ICU 副主任 角野 友香理

    「行ってきます。」「行ってらっしゃい。」

    私には年子の息子と娘がいる。

    当院には院内保育園があり、出産後のママさん看護師は、生後2か月~1年の育児休暇や、3歳になるまでの時短勤務など、それぞれの働き方に合わせて復帰できる。

     

    私は息子が生後7か月の頃にICUに入職した。

    振り返ると、子供たちに「行ってきます。」と言われるより、言うことが多かったのかもな、と思う。

     

    時には「いかないでぇぇぇえ!ママぁぁーーー!#$%&‘!!」と泣き喚き、

    時には「いっっでらっっじゃい・・・」と目にこぼれんばかりの涙を溜めていた子たちも、

    今や「あ、今日夜勤?行ってらー。(スマホぽちぽち)」とスンとしている。

     

    日勤の朝には、お互い、

    「行ってきます、行ってらっしゃい。」「行ってらっしゃい、行ってきます。」と、パタパタと一人二役だ。

     

    そんな息子も今年小学6年生となり、思春期の入り口に両足を入れるか入れないかくらいの甘酸っぱいお年頃。私よりもスマホの向こうと会話している。

    彼は小1から野球をしており、今年は小学最後の年だ。本人も親も、例年とは気持ちの入り様が違う。

     

    日勤終わりにトスバッティング、土日にはお弁当を持たせ試合にせっせと足を運ぶ。

    今夏の猛暑もそんな背中の後押しとなり、息子と夫と私の腕や首裏は真っ黒になった。

     

    そんな気合いと期待とは裏腹に、息子はレギュラー選手にはなれなかった。

     

    時にあっけらかんとし、時に泣き崩れる息子を見て、私は、

    「野球、楽しいかい?」と聞くのが癖になってしまった。

    「悔しくないの?!もっと頑張れ!」と投げかけ、言い過ぎた…と反省することもあった。

     

    ある日の試合後、二人きりの車内、ガラガラに枯れた声で、助手席の息子が私にこう言った。

    「ママ、野球、楽しいよ。大丈夫。このチームに入れて良かったと思ってる。」

    「試合では、チームが勝って欲しいから、自分のやれることやってんだ。」

     

    息子が幼いころから、仕事に育児に、あっという間に駆け抜けた時間の中、

    彼はこんなにも成長していたのだな…、今度は私が泣かされる番か、と目頭が熱くなった。

     

    そういえば、少しずつ手が離れ、「行ってらっしゃい。」と言うことの方が多くなってきた。

    逞しく自立していく息子の背中を見て、私は見せられる背中をしてきたかな、と自分に問う。

     

    今さら、背中を見よ!なんて言えないけれど、ママであり看護師である自分の役割を、私も

    できる限り頑張ろう。今まで、息子の野球だけではなく、発熱や学校行事などの要所で関わることができるように、勤務を調整し、支えてくれた職場に、恩返しだなぁ。

    おもちゃのバットとボール 野球 bal0003-001

    そんなことを想う中、前期の通知表に、ミニバスをやっている娘(小5)が書いていた。

    「今年は兄中心の夏だったので、来年が楽しみです。」

     

    ・・・・。年子、おそるべし。

    私のパタパタママ業はもう少し、続くようだ。

     

    さぁ、気持ちを入れて、ママは今日も「行ってきます!」 あなたも、「行ってらっしゃい!!」

     

    文責 ICU看護副主任 角野友香理

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